ドン・ボスコの風 アヴァンテッィ no.4
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サレジオ 会 宣 教 師 派 遣 1 5 0 周 年サレジオ会 来日1 0 0 周 年サレジオ会 来日1 0 0 周 年巻頭言 ドン・ボスコのオラトリオは、1841年12月8日、無原罪の聖母の祭日に起きた一つの出会いから始まりました。トリノにあるアッシジの聖フランシスコ教会で、香部屋係に叱られて困っていた少年バルトロメオ・ガレッリに、ドン・ボスコはそっと近づき、「君とわたしは友だちだよ。 口笛は吹けるかい?」と声をかけます。 助けを必要とする若者に寄り添う、この瞬間こそサレジオ教育の原点でした。 ドン・ボスコは少年たちを集め、彼らが祈り、歌い、遊び、学ぶ場を開きました。これがオラトリオです。そこには若者一人ひとりを尊重するまなざしと、家庭のような温かさがありました。しかし、多くの少年が集まることで近隣住民や教会関係者、家主や市当局が不安を抱き、ヴァルドッコに落ち着くまでオラトリオは何度も移転を余儀なくされます。 時には市営墓地を活動場所にしたこともありました。 ドン・ボスコが始めたオラトリオの精神は、やがてサレジオ会員を通して世界へと広がっていきます。 1926年、チマッティ神父と8人のサレジオ会員が門司港に到着しました。 彼らは財政難や戦中戦後の混乱の中にあっても、学校や施設、教会やオラトリオを築き、「最期の一息まで貧しい若者のために捧げる」というドン・ボスコの誓いを生き抜きました。 今日、日本管区に見られるオラトリオも単なる集いの場ではありません。 私のいる調布のオラトリオでは、日本で働いたり学んだりしている多くのベトナムの若者たちが仲間と出会い、支え合いながら希望を取り戻しています。 同様に、日本にあるサレジオ会の支部は全て、ドン・ボスコが願った、若者が祈り、交流し、安心して帰ってこられる「家(casa)」なのです。 ガレッリ少年との小さな出会いは、今も私たちの使命の中心で生き続けています。2 0 2 5 . 1 2サレジオ神学院 院長春山ミカエルラップ神父ア ヴ ァ ン テ ィ2025年2月8日〜2026年2月8日記念期間:2025年2月8日〜2026年2月8日記念期間:ド ン ・ ボ ス コ の 風特集カトリック浜松教会 2025年1月1日 神の母聖マリアの祝日にドン・ボスコとオラトリオvantivantiSalesian BulletinJapan日本のオラトリオno.4AA

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