同窓生紹介 ドン・ボスコの教え子たち

司法通訳

高山 貴さん

たかやまたかし CAO ĐÌNH QUÝ(カオ・ディン・クイ) 1964年ベトナム・ビエンホア省(現ドンナイ省)生まれ。1979年、16歳の時、共産主義政権下のベトナムからボートで脱出、2年後にインドシナ難民として日本に定住許可。サレジオ高専グラフィックデザイン科を卒業後、印刷業・写真製版会社に長年勤め、現在はフリーランスの司法通訳としてベトナム人の関わる事件の捜査の場で働く。カトリック教会に集う滞日ベトナム人の若者に“兄貴”として関わっている。

サレジオ歴

サレジオ工業高等専門学校(旧育英工業高等専門学校)同窓生

人と人の関わりを大事にしてほしい。
仲間であっても、自分の知らない人であっても。

共産主義政権の抑圧を逃れボートピープルとして日本に来た少年は、温かな支援者たちに支えられながら幾多の困難を乗り越え、今は若者のために働いている。悩みや困難を抱える滞日ベトナム人の若者に耳を傾け寄り添う高山貴(カオ・ディン・クイ)さんに話を伺った。

2021年6月25日〜26日の2日間にわたりオンラインで開催された「第12回サレジオ同窓会アジア・オセアニア地域大会」の基調講演インタビュー映像より転載。 記事内容は取材当時のものです。

ベトナムから日本に来られた経緯をお聞かせいただけますか?

横浜港に上陸した時、助けてくれたノルウェー船上で上陸手続きをするために撮った写真(左から本人、弟、兄)

1975年4月30日にサイゴンが陥落し、ベトナムは、北の共産主義政権によって統一されました。南の軍や行政関係者、また宗教、特にカトリック教会は激しく弾圧されました。

家族は私たちの将来を考え、1979年10月末、16歳の私と兄・弟・姉夫婦は、48人の仲間とボートで国を出ました。海に出て4日目に、日本に向かうノルウェー船に救助されました。

当時、日本は難民の定住を受け入れていなかったので、私たちのグループは全員、一時的な滞在の予定で、長崎県にある聖母の騎士のシスターの修道院に受け入れていただきました。

長崎で2年近く滞在する間に、日本で暮らす決心をしました。1981年、日本政府はインドシナ難民の定住許可を閣議決定したのです。

勉強する機会を求めて東京に出て、仲間とアパートで生活を始めたところ、品川に国の難民支援施設である国際救援センターが開所し、そこに入所して日本語などを勉強しました。センターには粕谷神父様が顧問としておられ、ミサがあり、勉強についての相談にも乗ってくれました。私は住み込みで、日本語学校の奨学金が出る新聞配達をすることになりました。

その後、カトリック高円寺教会の皆さんの支援を受け、サレジオ会の学校である育英高専、現在のサレジオ高専に通い始めました。当時、校長を務めておられたヘンドリックス神父様の面接を受け、1年間、聴講生として通った後、グラフィックデザイン科に入学させていただきました。

私のほかに7、8人のベトナム難民の若者が学んでいました。助けてくださる方たちとの出会いがあり、こんなに恵まれていいのかな、と思うこともありました。難民の若者の中には、全然恵まれない子もいたのです。

サレジオ高専での思い出を聞かせていただけますか?

育英高専在学中、モダンダンスの発表会で(中央後列が本人)

並木神父様と伏木神父様の倫理の授業がすごく好きでした。友達もたくさんできて、文化祭も楽しかったです。卓球部に入っていました。

野尻湖のキャンプはとても楽しかったです。夕暮れになって夕日を眺めるために桟橋に出ると、故郷を思い出してホームシックになり、泣いたのを覚えています。

学校を卒業して、社会に出てからのお話を聞かせていただけますか?

家族と。左から息子、妻、娘、本人。

凸版印刷のファミリー会社に就職して、2年近く勤めました。その後、同期の友人のお父さんが経営する写真製版会社に移り、25年ほど勤めました。今は通訳の仕事をしています。

ここのところ、私たちの通うカトリック川口教会で、ベトナム人の若者と関わっています。長く日本で暮らしてきた先輩として、今苦労している彼らのために、こうしたほうがいいよとフォローしたり、悩みを受けとめたり、病気になれば一緒に病院に行くなどしています。

ここ7、8年で多くの留学生や技能実習生が日本に入ってきています。教会で彼らに出会い、きっと彼らはいろんな心配を抱えているはず、と思ったのです。そこで、私に与えられている使命のようなものを感じました。

毎週日曜日に集まってはお祈りして、わいわいおしゃべりして、何か悩みや心配を抱えている子がいれば、話を聴きます。ボランティアというよりもまず、人間と人間の関わりです。

私は今年58歳になるので、彼らの父親の年齢ですが、兄貴のような存在になって、お互いに遠慮しないで話せるように心がけています。どんどん彼らの中に入って、初対面でも話しかけて、「どこから来た?」「いま大変なことはない?」「生活はどう?」など、単純なことから話します。

日本にいるベトナム人の若者たちは、どのような悩みや問題を抱えているのでしょうか?

文化の違いなど、多様で複雑です。技能実習生は仕事で、契約と違う内容だったり、厳しい圧力があったり、言葉の問題で意思疎通できず、お互い誤解する時もあります。

暴力を受けることもあります。私は彼らの話を聞いて、アドバイスをしています。川口教会のベトナム人のシスターは、病気になった若者、法律上の問題を抱えている若者、会社でひどい扱いを受けている若者たちの声を拾い上げて、弁護士や医者などの専門家につなげています。私はその活動をお手伝いしています。

卒業してから育英に恩返しが全くできていませんが、今、ヘンドリックス神父様がここにいらっしゃったら、「ありがとうございます、私は今、こういうことをやっています」と言いたいです。

現在の通訳の仕事について教えてください。

東京の検察庁と、関東地方の各県警や地方検察庁から依頼されて、私はフリーランスで司法通訳の仕事をしています。今6年目です。ベトナムの若者が日本に入ってくると、悲しいことですが、犯罪も発生しています。私は被疑者になって逮捕されたベトナム人のため、警察から依頼が来ると出かけて行きます。

警察の取り調べは、彼らもつらく感じています。心の動揺に気づいて安心させてあげることも、私の役目ではないかと思っています。実際に、取り調べが進んでいくと、心細いのでしょう。表情が変わっていきます。髪の毛が抜けてしまったり、顔がげっそりしたりします。

コロナウイルスのパンデミックによって、若者たちにどのような影響が生じていますか?

昨今では、外国人技能実習制度の下、多くのベトナムの若者が日本に来ています。しかし、日本に来るために、彼らは大きな借金を抱えていることが少なくありません。この借金とは、技能実習生送り出し団体に支払うお金や渡航費用の他に、様々な経費がかかるからです。その金額は100万円から150万円になります。

ベトナム国内のサラリーマンの基本給は、日本円に換算すると約3万円ですから、彼らにとって100万円はどれだけ大きいか想像に難くありません。加えて、近時のコロナ感染拡大の影響で仕事が減って、収入も少なくなっています。なかには解雇される若者も少なくありません。彼らにとって解雇は死に等しい意味を持ちます。なぜなら、解雇されると無収入になることに加えて、それまで住んでいた住居を出なくてはなりません。

収入もなく、住む家もない彼らは、知り合いのベトナム人を頼りに転々とする生活を余儀なくされます。なかには公園で寝泊まりする若者もいます。空腹に耐えきれずに、スーパーでお弁当やおにぎりなどの食料を万引きして逮捕された若者もいます。警察に逮捕されて所持品検査をされたところ、所持金はわずか数十円しか持っていない若者もいました。これは私が実際に見た、あまりにも悲しすぎる現実です。

家族の経済的な状況を少しでも楽にさせてあげたい一心で、日本に技能実習に来たものの、コロナの感染拡大で状況が一変しています。路上に彷徨う彼らに、一日も早く一閃の希望、救いの光が注がれることを祈っております。

私たちはどのようにして、この困難を乗り越えることができると思いますか?

この長引くコロナ禍に、耐え忍ぶことが困難な人であっても、耐え抜いていく強い気持ちを持ち続けることが出来るために必要なのは、私たち一人一人が互いに支え合ったり、励まし合ったりすることではないでしょうか。

若い人たちへのメッセージをお願いします。

カトリック川口教会でベトナム人の若者と一緒に語り合う

人と人の関わりを大事にしてほしいです。仲間であっても、自分の知らない人であっても。無関心ではちょっと困ります。本当に簡単なことなのですが。

できれば、この日本という国にもっと関心を持ってほしいと思います。私は戦争を経験していますが、毎年、8月の広島、長崎、終戦記念日、あるいは東京裁判や沖縄について、テレビ番組があれば見ています。戦争を経験していなくても、こういうことがあったと知り、戦争は絶対にやってはならないと知ってほしい。平和を絶対に大事にしてほしいです。

人と人とのつながりを大事にすることによって、自分も相手も平和になりますね。本当に小さなことですが、それが集まって大きな力になります。それを大事にして、皆一緒に平和な生活を送れるように願っています。

高山貴さんインタビュー動画

2021年6月25日〜26日の2日間にわたりオンラインで開催された「第12回サレジオ同窓会アジア・オセアニア地域大会」の基調講演インタビュー映像です。
(2021年6月収録 YouTube 約17分)
https://youtu.be/3nmL-UdjBaE